【成田空港シャトルシステム】空港内の廃線跡散策、飛行機と共に離陸した新交通システム

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「空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!いや、スーパーマン?・・・いや、空気浮上する新交通システムだ!」


正式名称「成田国際空港第2旅客ターミナルビル旅客輸送システム」、成田国際空港第2旅客ターミナルビル本館とサテライト間を結ぶ日本で唯一の空気浮上方式の乗り物がありました。しかし2013年に運行を終え、シャトルの廃線跡は歩道となって整備されました。

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国際空港内で、廃線跡歩き


東京の世界への玄関口、成田国際空港。関東の人が海外へ、または海外の人が東京へ行く時に必ず利用する空港です。1978年に旧称「新東京国際空港」として開港した後も、1992年に第2旅客ターミナルビル、2015年に第3旅客ターミナルビルが次々開館し、その進化は止まりません。


さてその内第2旅客ターミナルで出国手続きした時、81番から99番の搭乗口に案内されることがあります。81番から99番の搭乗口は、サテライトと呼ばれる本館と離れ小島のような場所に搭乗口があるエリアです。


そのサテライトへ向かう通路の入り口部分です。3階から降りて2階にあるこの通路を通ると、81番から99番の搭乗口があるサテライトへ向かうことができます。ちなみにこのまま1階に降りると、70番搭乗口というシャトルバスで飛行機に向かう乗り場となります。


サテライトへ向かう通路は、動く歩道や店舗が並んでいます。全長300m程で、寄り道しない限り5分弱で走破することができます。この距離を考えても、乗り物が存在していたとは言い難いでしょう。


サテライトに到着しました。ここで本館とサテライトを結ぶ通路の全景を見ることができます。シャトルが廃止されてから5年近くですが、シャトルがあったころの面影はもうありませんでした。かつてここにシャトルが走っていたことは、教えてもらわない限りはわからないでしょう。


しかし2013年以前は、写真のように黄色い乗り物が本館とサテライトの間を往復していました。残念ながらシャトルに乗ることはもう現実世界ではできませんが・・・そんな思い、ここで叶えましょう。

シャトル現役時代へ、タイムスリップ!


まず先ほども紹介したサテライトを結ぶ歩道の入り口です。ここはかつてシャトル乗り場のホームがありましたが、シャトル廃止後に現在の姿に改築されました。それでは場所同じくして時間をさかのぼります・・・


シャトルが活躍していた当時にやってまいりました。世界時計のモニュメントや搭乗口の案内をみても、前の写真と同じ場所であることがわかります。通路はシャトルのホームを兼ねているため、現在よりもかなり広い空間となっていました。


シャトルのプラットホームは、1992年としては珍しいホームドアが設置されていました。ホームには「DOOR OPEN」とかかれたボタンが設置されており、ボタンを押すとホームドアとシャトルの扉を開けることができます。そして一定時間が経過すると扉が閉まり、そのまま目的地へ向かう仕組みとなっていました。そのためもはや鉄道というよりは水平に動くエレベータのようなもので、法規上もエレベータ扱いでした。


空気浮上方式とは言いますが、実際乗ってみると空気を吹き出すような音もなく、20km/h程の速さで滑らかに走行していました。走行途中で反対側から来るもう1両の車両と行き違うような軌道になっていました。ちなみにここに写っているシャトルシステムの軌道は、先ほど紹介した歩道に全て改装されました。

隣町の空の駅、そこには見覚えのある車体


2013年に運行終了となったシャトルシステムですが、その車体が今も静態展示という形で残っている場所があります。それは空港がある成田市の南隣、芝山町のとある場所です。


やってきたのは、ここ空の駅「富和里しばやま」。芝山町の農産物直売所やとれたての野菜を使ったレストランバイキングもあり、帰国した暁には買い出しや食事としても利用できる隠れたスポットです。ただバス路線がないところにあるため、自家用車がない場合ここを訪れるには少し”気合”が必要です。


そんな空の駅「富和里しばやま」には、直売所・レストラン・そしてもう1つの目玉スポットがあります。そこに向かうと、見覚えがあるような黄色い物体が・・・


成田空港で使われていたシャトルシステムの車体です。2013年で役割を終えた車体は、4両のうち2両が青空の下ここで静態展示されています。車体には運行終了時に貼られていた「シャトルシステム LAST RUN」ステッカーが、今なお貼られていました。


現役時代はホームドアで仕切られてしまっていたため、車体に触るどころかじっくり見ること事も許されませんでした。しかし現在は御覧の通り間近で見ることもできます。ちなみに私はドアが外釣り式であったことをここで初めて知りました。


シャトルシステムの車内です。移動時間1分と短いためか、椅子は全て折り畳み式でした。この大きさで312人が乗ることができたそうです。なお車内に入ることはできないため、先頭の窓ガラス越しに撮影しています。


しかし中でも特徴的なのは、各ドア脇ある2つのボタンです。実はこの2つのボタンは、どちらも扉を開けるためのものです。まず上の赤いボタン方は「EMERGENCY DOOR OPEN」と書かれており、緊急時に車体を止めて扉を開けるためです。しかし下の白い「DOOR OPEN」のみ書かれているボタンは、駅に到着後一定時間経過して扉が閉まってしまっても車内から扉を開けるためのボタンです。そんな私のような物好きな乗客がいたのかという突っ込みもありますが・・・これも鉄道というよりはエレベータ扱いされていた所以かもしれません。

浮上せよ!飛行機の如く、その仕組み


ではどのようにして空気浮上によってシャトルを走行させていたのか・・・シャトルの概要や仕組みについての案内がありました。せっかくなので文字で起こしてみます。

このシャトルシステムは、成田国際空港第2旅客ターミナルビルの本館とサテライトを結ぶ旅客輸送を目的とした輸送手段で、空港として世界で初めてであるとともに、日本で初めて採用された空気浮上方式の新交通システムであった。成田空港の機能強化とともに平成4年12月第2旅客ターミナル共用から約21年間、成田空港から世界へと旅立つ多くの旅客を輸送した。その間の輸送人員は2億人走行距離は約300万kmで地球を約75周し、平成25年9月にその役割を終え、成田空港で活躍した4両のうち2両が、ここ芝山町へ移り今後は地域の活性化を役割として活躍することとなった。


シャトルシステムの構造について、図解がありましたので拡大してみます。車体自体は空気浮上するのみで自走機能がありません。車体にはワイヤーが結ばれており、ワイヤーは動滑車がついた重りと地上に設置された「サイリスタ・レオナード方式巻上機」たる機械で手繰り寄せるようにして車体を動かしていました。


現在空気浮上装置は取り外されてはいますが、展示されている車体の下を見てみます。つまり車両重量は15000kg、満員状態で20300kgに達するこの車体を、地上から0.1mm浮上させて滑りながら動かしていたという訳です。

訪問後記


しかし、今思えばなぜこのような乗り物があったのか・・・です。300m程の距離で乗車時間は1分、むしろ満員や乗り遅れたときに次のシャトルが来るまで3分待たされるという本末転倒な存在でした。実際私もサテライト到着後に本館側の店に忘れ物をしたことに気付き、シャトルの待ち時間や乗車時間で飛行機の搭乗がギリギリになってしまったという苦い思い出があります。


そしてここ空の駅「富和里しばやま」は敷地内が飛行ルートとなっている故か、3分に1機の割合で飛行機が飛んできます。空港で飛行機とともに離陸していたシャトルは、今も飛び交う飛行機を仰ぎながらここで眠りについているのです。

それではまた不思議な鉄道風景でお会いしましょう。