ここは天岩戸など神が下りる場所と呼ばれる地「高千穂」・・・その聖域を結ぶ鉄道がありました。台風によってその時を止めた今、結ばれぬ夢の姿もそこに・・・。
高千穂には2005年まで高千穂鉄道が走っていました。この鉄道は九州を横断するという壮大な計画があり、ここ高千穂はその拠点駅になる予定でした。しかし横断鉄道の計画は果たされず、残された鉄道もやがて廃止に至ります。
今は亡き、バスターミナルから神の地へ
高千穂へ向かうには熊本か延岡から特急バス「あそ号・たかちほ号」に乗る必要があります。この写真はかつて熊本にあった九州産交バスの旧「熊本交通センター」です。訪問当時は2012年でしたが、3年後に改築の為閉鎖されました。2018年新しいビルができる予定です。
バスターミナルからの聖域めぐりん
熊本または延岡から特急バスに乗ると、高千穂に行けます。その宮崎交通センターの高千穂のバスターミナルです。鉄道なき今、交通の要所はここが担っています。
高千穂に来たら、まず絶対に訪れるべき場所がこちらの高千穂峡。神の降臨を思わせる急峻な渓谷としても有名です。
そして高千穂峡の中でも一番有名なのが、こちらの滝。「真名井の滝」といい、九州の観光案内パンフでも必ず見ることができます。御覧のように貸しボートで滝近く向かうことができます。
こちらは高千穂神社、豊作を願う祭礼などを行う際の重要な拠点でもあります。ちなみに毎日観光客のために、夜に神楽が行われているそうです。
時を止めた空間、高千穂駅
さて観光巡りもこのくらいにして・・・早速今回のメインを紹介します。ここは高千穂町の三田井地区、本町の交差点です。高千穂鉄道は廃止されましたが、駅への道案内は今も残っています。
道案内の通りに上り勾配の道を進むと、陸橋が現れます。その陸橋の下を覗くと、直線状の線路と鉄道駅がありました。ここが高千穂鉄道高千穂駅です。
高千穂駅の駅舎です。一見するとコンクリート様式ですが、この地方から伝わる茅葺屋根に木を乗せた民家を模した独特なデザインです。高千穂鉄道が廃止されて7年ほどたちましたが、今も残っていました。
駅舎の中は、廃止された時のままの状態となっています。食券風券売機の運賃、時刻表、広告、すべて当時のままです。ちなみに廃止時のダイヤを見てみると、1時間から1時間半間隔の運航で、地方の鉄道として利便性は高い方でした。
維持費用100円を払い、ホームに入ってみます。高千穂駅のホームです。高千穂峡が描かれた駅名標がまた印象的です。なおここでいくら待っても列車は来ませんので・・・。
高千穂からの道、それは幻影
高千穂駅から延岡方面を見てみます。信号機の灯りがともることは、もうありません。ここから1駅先の天岩戸駅には、日本一高い橋梁へ行くことができます。
高千穂鉄道高千穂駅の終端側には、車両基地があります。今は見学コーナーとして中に入ることができます。廃止されたが故に入れるという・・・少し気持ちは複雑です。
車両基地の中には、それぞれTR-101, TR-202系、車両がありました。動態保存されているらしく、時折試運転をしているそうです。またTR-201系という車両もありましたが、阿佐海岸鉄道に譲渡されて今も活躍中です。
車両基地を通り過ぎると、折り返し用の線路があります。なおこのまま進むと、延岡からはるばる続いた線路の終点にたどり着きます。しかし国鉄時代はここから熊本へ向かって、線路はさらに伸びる予定でした。
ここが高千穂鉄道の本当の終点です。ここから先、南阿蘇鉄道の高森と結ばれる予定でした。しかしトンネル工事中の出水事故で中断され、横断鉄道の計画も消えました。
訪問後記
日本神話から神が降りた地として登場する高千穂、天孫降臨は年月では測れないほどはるか昔の出来事とされています。それと比較すれば、高千穂に鉄道が走っていたころというのは、あたかも昨日のような出来事かもしれません。しかしその運命はすさまじいものでした。
元々国鉄日ノ影線として戦前に開業し、延岡~日ノ影(日之影温泉)を結んでいました。そして1970年代に熊本へ向かう計画が本格化すると、まず先行ルートを開業させます。その終点がここ高千穂でした。路線名も国鉄高千穂線と名前を変えます。1972年に高千穂の地に鉄道が走り始めてからも、ひたすら山を越えた向こう火の国、肥後熊本を目指して工事が進められます。しかしここで思わぬ悲劇に見舞われます。
この写真は、延伸先である国鉄高森線(南阿蘇鉄道)高森駅の予定地とトンネルです。延伸工事中に出水事故が発生、その対応などで一向に工事は進まず、まもなく国鉄再建法で工事自体が中止されてしまい、横断鉄道の夢は消えてしまいます。
その後国鉄・JRの手から離れ高千穂鉄道として再出発、高千穂駅の延伸部分も車両基地が建てられて観光や地域輸送として地元ローカル線としての運航を続けていました。しかし2005年に台風による水害が発生、高千穂鉄道は廃止されてしまいました。それは1972年に高千穂に鉄道が敷かれてからわずか30年余り・・・神話とは比べようがないほど、あまりにも短い生命でした。
今にも鉄道の音が聞こえ、乗客を運ぶその姿、その往年の姿を今にも残す線路を見ると、そう感じずにはいられません。そんな高千穂鉄道は廃止されてしまいましたが、民間での復旧や運行を鑑みて、鉄道施設の撤去は行われませんでした。そして誕生してしまいました。その名も「高千穂あまてらす鉄道」・・・
現在は高千穂から高千穂橋梁までのトロッコ牽引や、留置されていた高千穂鉄道の車両を使った運転体験を行っています。そして本格的な鉄道事業を申請し、今は亡き高千穂鉄道のルート復活計画もあるようです。
一方で老朽化の問題もあり、高千穂駅を含めた施設の撤去計画も浮上しています。幸い観光資源になるとの声が後押しし、2017年の撤去計画は今回先延ばしされました。つまり高千穂駅が残るかどうかは、これからの数年観光資源として成功するかどうかなのです。そのため今回は「もう危ない」といたしました。そして高千穂から南阿蘇高森へ結ばれる予定だったルートは、ここ高千穂を訪れる際に使った特急バス「あそ号・たかちほ号」がその役割を担っています。高千穂を訪問する際にはその夢の跡を巡るために、ぜひとも利用するとよいでしょう。
再び神降りる地高千穂に鉄道の音が響くことを祈りて・・・
それではまた不思議な鉄道風景でお会いしましょう。