ここは標高約1400mの山々の間に突然現れる鉄道駅、ダムから生み出される電気を武器に、トロリーバスという鉄道はトンネルの向こうにあるダムへと今日も突き進む・・・。
関電トンネルトロリーバス扇沢駅。関電トンネルトロリーバスは正式名称「関電トンネル無軌条電車」といい、バスでありながら法律上鉄道と同じ扱いです。そのため扇沢駅は鉄道駅として扱われ、日本で唯一のトロリーバス地上駅として観光地黒部ダムへ向かう入口の役割が与えられています。
そして関電トンネルトロリーバスは、2019年4月にトロリーバスから電気バスに置き換えられました。電気バスは鉄道にはならないため、法律上鉄道廃止の扱いとなります。12月からは関電トンネルを含めたアルペンルートが冬季閉鎖されるため、実質乗車できるのは2018年11月末が最後でした。
トロリーバスという鉄道
黒部渓谷にそびえる黒部ダム。戦後の発展による電力不足に悩まされた関西電力が、社運をかけて建設された日本最大級のアーチ式のコンクリートダムです。黒部ダムは安定的な電力供給という本来の目的を果たしているだけではなく、その壮大な景観による観光地化にも成功しています。
長野県信濃大町から富山県立山をつなぐ「立山黒部アルペンルート」、黒部渓谷や飛騨山脈、そして立山連峰を直線的に横断する交通ルートです。排気ガスから自然を守るため、自家用車は一切入ることができません。そのため立山黒部アルペンルートの移動手段は、関西電力および立山黒部貫光が運航する交通機関のみとなります。
そんな立山黒部アルペンルートの中には、「トロリーバス」を使った交通機関があります。トロリーバスは架線から受け取って電気で動くバスのことで、実質線路がない電車となります。そのため法律上無軌条電車とも呼ばれる鉄道の扱いとなるのです。トロリーバスは1960年代まで東京を含めた市街地でも見ることができましたが、2018年まで日本のトロリーバスは、立山黒部アルペンルートにある関電トンネルトロリーバスと立山トンネルトロリーバスの2つしかありませんでした。
黒部の太陽は、大町から登る
大糸線信濃大町駅。立山黒部アルペンルートの出発点でありますが、大糸線自体もこの駅を境に列車の数が変わる重要な駅です。ちなみに大糸線は松本・糸魚川を結ぶ路線ですが、大糸線の大は「信濃大町」からとられています。
そんな信濃大町駅から始まる立山黒部アルペンルート1番目の交通機関、扇沢駅行きのバスに乗ります。1日15便ほど運航しており、基本大糸線の信濃大町駅の列車発着に合わせて発車時刻が組まれています。この日は11月上旬とあって、樹木の外側が色づき始めていました。
信濃大町から扇沢を結ぶバスは、途中「大町温泉郷」と呼ばれる温泉町にも立ち寄ります。ちなみに立山黒部アルペンルートが冬季休業中の場合は運航本数も減らされ、扇沢駅の1つ手前「日向山高原」で終点となります。
標高1425mの鉄道始発駅
バスに揺られること40分、自然な風景が続いた後に、突然山間を切り開いたような広場にたどり着きます。そこには駐車場と山の間に挟まったコンクリート上の幅広い建物があります。
バスはそのコンクリートの建物の前で終点となり、乗客はここで降ろされます。こちらが扇沢駅という施設名です。「駅」とは言いますが、バスの終点である山の入口のようなところで降ろされても鉄道の雰囲気も感じられないような場所です。
しかし駅前の看板を見ると「関電トンネルトロリーバス扇沢駅」と書かれています。トロリーバスと書かれている以上、立派な鉄道の駅です・・・。ちなみに左下に「標高1425m」と書かれていますが、これはJR小海線野辺山駅付近にあるJR最高地点1375mよりも高い位置となります。
ちなみにこちらは展望台から見た扇沢駅の駅前です。鉄道駅の駅前ですが・・・駐車場だけであとは山奥となります。ちなみに扇沢の名の由来は推測になりますが、「扇状地」の「沢」なのでしょうか・・・いずれにしても人が住んでいなかった場所であったことは明らかです。
トロリーバスまでの道・・・道中美味しい誘惑も♡
扇沢駅は3階構造となっています。1階はトロリーバスの切符売り場と信濃大町方面のバスターミナル、2階は売店及び食堂と改札口、そして3階がトロリーバスのホームと展望台いう構造です。
まず1階正面にある切符売り場で黒部ダム行きの切符を購入します。なおこの切符売り場は関電トロリーバスの片道や往復券だけではなく、立山黒部アルペンルートの終点である富山駅および宇奈月温泉駅までの切符を購入することができます。ちなみに富山まで9490円、宇奈月温泉まで10390円とかなり割高です。これも自然保護のため・・・。
ちなみに切符売り場の看板が・・・パンタグラフが生えたバスの紙を手に収めるというマークです。こんなマークもトロリーバスならでは・・・
切符を持って2階に上ると改札口と待合室があり、このような雰囲気です。この写真を撮影したときは出発時刻直前だったために人一人いない状態でしたが、改札時間前は写真一面人の行列となります。改札に並ぶ前に2階にはいろいろな見どころが随所あります。
まずは食堂、黒部ダムを模した知る人ぞ知る名物グルメ「ダムカレー」もここで食べることができます。通常サイズはもちろん、特盛5人前の1kgで5200円、そして予約が必要な超巨大100人前の36kgで135000円のものまであります。黒部ダムの規模は日本最大級なので、炭水化物の量も日本最大級・・・。
こちらは待合室の一角にあるイベントコーナーです。イベントの内容は1周年周期で変わるらしく、関電トンネルの事柄にまつわる内容が紹介されています。ちなみに隣にはトロリーバス原寸大の書き割りが・・・撮影したい方はこちらで。
改札は出発時刻7分前にならないと開かないようになっています。それまでの間は上の表示のように2列で待つことになります。表示及び改札口の数を見る限り、最大8列並ばせることができるようです。
そんな列車待ちならぬトロリーバス待ちの乗客ににじり寄ってきたのは・・・「信州サーモンの笹寿司」と「黒部の黒豚めし」の駅弁売りです。まだ8時台ですが、すぐに売り切れてしまうほど有名・・・これから標高が高い所へ行くにつれて、食事の値段も高くなる・・・なんてうまい話術なんだと(実際黒部ダムや立山エリアにあるレストランは、確かに値が高いと感じます。)
そんな誘いもありますが・・・出発時間7分前になると改札が開き、3階への階段を上って乗車ホームに入ることができます。乗車ホームには既にトロリーバスが待機していました。
鉄道駅らしく、扇沢駅の駅名標がありました。念のためにいいますが、「おうぎざわ」とよみます。隣の駅が書かれていないという不満もありますが、そもそも関電トンネルトロリーバスの駅は、ここ扇沢駅と黒部ダム駅しかありません。
こうしてようやくトロリーバスに乗ることができました。しかし見ての通り運転台はハンドル、線路ではなくアスファルト・・・架線があることを除き鉄道とは言い難い風景です。
トロリーバスの生態は、扇沢駅で観察しよう
写真は黒部ダムから扇沢駅の降車ホームに到着したトロリーバスです。扇沢駅は日本でトロリーバス唯一の地上駅であり、車庫や洗車場などトロリーバスの運航拠点でもあります。とそこでトロリーバスならではの、ここだけしか見られない風景を探してみましょう。
まずはこちら、扇沢駅の出発ホームにある風景です。普通の道路に架線という風景の他に、「出発」と書かれた鉄道用の出発信号機があります。たとえバス同士が鉢合わせてもブレーキが通常の鉄道より効くため正面衝突という危険は確率的に少ない(最悪後退できる・・・)ですが、それでも1台分の道幅しかない区間は1方向のバスしか入れさせないように鉄道用の信号機がちゃんと設置しています。
次にこちら・・・トロリーバスが洗車をする風景です。電気がなければ走らないトロリーバスですが、電気を入れながら洗車すると関電、ではなく感電しないのか?という疑問が前々からありました。しかし電気がないからと言って全く動かないわけではなく、搭載しているバッテリーによって小さな移動程度なら自走できることがわかります。
続いてはこちら・・・むしろ電気鉄道でも見ることが難しい「通電中」という赤い看板です。おそらく作業に従事する人の注意喚起のようなものと思いますが、線路がなくとも通電している架線の存在をより主張しているように見えます。つまりもう1度言いますが、トロリーバスは無軌条電車という鉄道です。
最後にこちら・・・横断禁止と書かれています。普通の道路に見えますが、交差点を普段渡るようにトロリーバスの道路に入ってはいけません。鉄道の敷地いわば線路と同じ扱いのため、関西電力の私有地に侵入したことになります。撮影の際にも敷地内には入らないようにしましょう。
訪問後記
2018年トロリーバス最後の年、イベントコーナーにはトロリーバスのラストイヤーおよび「黒部の太陽」放映50周年という内容でした。1964年8月1日に黒部ダムへの観光路線として開通した関電トンネルトロリーバスですが、開通前の関電トンネル自体は黒部ダムを建設するための資材ルートとして大きな役割を果たします。
そんな三船敏郎や石原裕次郎演じる「黒部の太陽」は、世紀の難工事とも呼ばれたその黒部ダムや関電トンネルの建設ドキュメンタリー映画です。関電トンネルの建設は大量の出水こと破砕帯に何度もぶつかる壮絶の極みでした。扇沢駅はそんな黒部ダムの資材を留め置く場所として利用されました。
そんな扇沢駅は現在ではトロリーバスの営業基地として、そして黒部ダムへと向かう観光客のための玄関口として整備されていました。黒部の太陽にあったトンネル建設時の喧騒に比べると嘘のように静かな風景、そして関電トンネルトロリーバスも開業以来鉄道の扱いに乗っ取った安全運航を続けてきたのです。
扇沢駅が正真正銘な鉄道駅ともいえる風景が、ここにもあります。
危険物車内持込禁止 駅長
一見するとバス車内に危険物を持ち込まないように喚起する看板ですが、下に駅長と書かれています。線路がなくとも鉄道員としての誇りが、この看板からも読み取ることができました。
そして2019年4月、54年にも及ぶトロリーバスの運行は終わりを告げ、電気バスとして再出発しました。鉄道としては廃止となりますが、安全運航のための独自ルールとして鉄道による施設や運営方式はある程度残っています。電気バスによる運航は、また改めて紹介していきます。