【夕張線清水沢駅】炭鉱都市へのターミナルから無人駅、そして廃駅へ

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石勝線夕張支線清水沢駅全景

ここはかつて石炭産業で栄えた駅。駅舎とホームの間にある異様に広い空間は、かつて石炭を運ぶ列車が絶えず行き来していた。でも無人駅になった今、あの時賑わっていた光景はもう二度と戻らない。もうすぐこの駅も消えてしまうのだから・・・。

石勝線夕張支線清水沢駅駅舎

石勝線夕張支線清水沢駅、1日5往復の普通列車しか停車しない無人駅ですが、それに見合わない大きな駅舎があります。それはかつて夕張方面だけではなく、三菱炭鉱鉄道の大夕張方面への分岐駅としての役割を与えられ、両方面からの石炭貨物列車が行き交うターミナル駅として栄えた過去がありました。

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リゾートの丘と炭鉱の里

ホテルマウントレースイと夕張駅

北海道内陸に位置する夕張市、メロンの産地や映画の町としても知られています。写真はスキー場を併設するレジャーホテル「マウントレースイ」、夕張市の新しいランドーマークとして夕張線の終着駅夕張駅の隣に建てられています。

夕張市希望の丘煙突と初代夕張駅跡

明治時代の北海道開拓から、夕張は炭鉱の町として発展してきました。しかし高度経済成長の終焉と国外産との競争に敗れ結果、1990年までに夕張一帯の炭鉱が全て閉山となります。夕張は石炭以外の安定的な産業を持つことができませんでした。

石勝線夕張支線夕張駅ホーム列車と見送り

夕張は「炭鉱から観光」への転換政策を図るものの、2007年に破産に至ります。夕張市は石炭輸送主体のままだった現状の交通インフラを見直すことになり、2019年3月に夕張支線は廃線とする判断を下すのです。

炭鉱の里への入口は紅葉山のふもとに・・・

石勝線新夕張駅駅舎

札幌・千歳から帯広・釧路方面を結ぶ石勝線、その中間駅にある新夕張駅です。大半の特急列車も停車する重要な駅です。同時に夕張市中心部へ向かうための玄関口となっています。

石勝線新夕張駅紅葉山駅写真展示

しかし石炭輸送が栄えていたころは十勝へのルートを結ぶ石勝線は開通しておらず、札幌・追分から夕張を結ぶ夕張線でした。そして新夕張駅も紅葉山駅という名前でした。その構内は石炭輸送を行う貨物列車が行き交い、活況があったことがうかがえます。

石勝線夕張支線新夕張駅運賃表

その後石炭輸送が退潮すると同時に新夕張と新得を結ぶ高速ルートが完成、夕張線は整理されることになります。まず十勝方面へ向かう新しいルートは、新たに石勝線と名付けられて特急列車が行き交うメインルートとなります。一方取り残される形となった新夕張から夕張のルートは、夕張支線として切り離されました。

石勝線新夕張駅夕張行き普通列車

新夕張駅のホームに夕張行きの普通列車がやってきました。石勝線は新夕張駅から十勝方面の列車は特急列車だけであり、普通列車は全て夕張方面しか向かいませんでした。なお夕張支線廃止前、普通列車は千歳と夕張を往復する1列車が5往復する状態でした。

大きな駅舎を持つ無人駅は、繁栄の跡

石勝線夕張支線清水沢駅運賃表示器

今回紹介する清水沢駅は、新夕張駅から3駅目となります。清水沢の名の通り、入植者が「水が湧く土地」が由来で名付けたと思わしき名前です。そもそも夕張も語源は「ユーパロ」という「湧水地」を意味するアイヌ語であり、夕張一帯は水が豊富な地帯であることがわかります。

夕張市清水沢、2つの支流を持つ夕張川がこの場所で合流する街です。清水沢駅は、夕張川の合流地点から夕張寄りの上流にありました。

石勝線夕張支線清水沢駅駅舎

こちらが清水沢駅の駅舎です。清水沢駅は夕張支線の中で一番大きな駅舎を持っていました。

石勝線夕張支線清水沢駅駅看板

清水沢駅の駅看板です。左上にJRと書かれている以外は、太字で「清水沢駅」と書かれています。その周りに釘が規則正しい間隔で打ち込まれている形を見て、言い知れぬ風情を感じるのは、私だけでしょうか・・・。

石勝線夕張支線清水沢駅無人告知

駅舎の中に入る前、清水沢駅が無人駅である案内が張られていました。清水沢駅はJR後も夕張支線で唯一駅員が配置されていましたが、JR北海道の経営合理化によって2015年10月に無人化されてしまいます。

石勝線夕張支線清水沢駅駅舎内待合室

駅舎の中の待合室は、このような感じです。大きな駅舎と人影がない駅前から想像はしていましたが、私以外人一人いない空間です。かつては多くの人たちが利用していたと思わしき広い空間でした。駅員がいた窓口は、板が打ち付けられていました。

石勝線夕張支線清水沢駅時刻表

こちらが清水谷駅の発車時刻表です。1日5往復で朝の1時間半を除き、約4時間間隔で運行していました。さらに詳しく話すと、夕張方面へ発車した列車が40分後に新夕張行きとなって戻ってくる運行となっていました。

石勝線夕張支線清水沢駅ホーム入口通路

窓口脇にあるドアを開くと、清水沢駅のホームへと通じる通路が目の前に現れます。通路は新しく設置されたと思わしき鉄パイプで仕切られており、駅舎からホームの間が異様に長い距離があります。

石勝線夕張支線清水沢駅ホーム

清水沢駅のホームです。雨や雪を防ぐ屋根もなく、1つの方向の列車1本しか入れない典型的な棒線駅です。人口が少ない北海道の駅では、1つの線路に1つのホームしかない駅は珍しくはありません。しかし清水沢駅は無人駅でありながら先ほどの大きな駅舎に加え、そしてこの異様に長いホームを持っています。

石勝線夕張支線清水沢駅全景

この写真は清水沢駅の脇にある歩道橋から全景を撮影したものです。写真を見てもわかるように、大きな駅舎と無駄に長いホーム1つという構図となります。そして駅舎とホームの間に使われていない空間が広がっています。いくら広大な土地を持つ北海道でも、こんな土地の使い方をするわけがないでしょう・・・。間違いなく過去に大規模な施設があったことは明らかです。

広い空間の遺構、30年前のターミナル駅

夕張線清水沢駅駅舎ホーム側

大きな駅舎のホーム側には、ホームを見渡すための展望所と信号扱所があります。現在は交換施設も廃止されて無人駅になってしまったため、全く使われていません。

夕張支線清水沢駅腕木信号機梃子跡

二度とつかわれることがなくなった信号機てこです。清水沢駅はロープを使った人力式の腕木信号機や転轍機が、北海道で最後まで使われていました。しかし信号機がなくなった今、ロープを支えていた車輪だけが残されていました。この車輪の数が規模が大きい駅だったことを物語っています。

夕張支線清水沢駅昭和56年当時の地図

駅舎の中に戻ると、昭和56年当時の清水沢駅の地図がありました。今は1本しかない線路が5本もありました。さらに国鉄夕張線以外にも北へ向かって伸びる線路が書かれています。大夕張地区へ向かっていた三菱大夕張鉄道です。

三菱大夕張鉄道路線図

正式名称「三菱石炭鉱業大夕張鉄道線」、1911年から石炭輸送のために開業し、清水沢から鹿島地区こと大夕張を結んでいた路線です。しかし石炭産業の斜陽化によって南大夕張から大夕張は1973年に廃止、残りの清水沢から南大夕張の区間も1987年に廃止されました。

三菱大夕張鉄道南大夕張駅跡

ちなみに廃止された南大夕張駅には、ホームと車両が往年の姿のままで展示されています。三菱大夕張鉄道は最後まで客車輸送が行われ、清水沢駅まで乗り入れていました。

夕張支線清水沢駅清水沢ミュージアム案内

清水沢駅舎の中には、三菱大夕張鉄道の解説がありました。その案内には、三菱大夕張鉄道が現役だったころの清水沢駅の写真が張られていました。写真には多くの線路や信号機の他、SLなどの多数の列車が停車していることがわかります。清水沢駅が夕張線だけではなく、大夕張からの石炭輸送を整理するためのターミナル駅であったことがうかがえる風景です。

石勝線夕張支線清水沢駅駐車場

それから30年の月日が流れ・・・上の写真とほぼ同じ場所で撮影した現在の清水沢駅です。 三菱大夕張鉄道が停車していたホームは、今はもう駐車場になっていました。残るのは無人となった大きな駅舎と屋根もない1つのホーム、そして夕張線の線路1本だけです。

訪問後記

石勝線夕張支線清水沢駅ホーム入口通路

今や1日5往復の普通列車しか来なくなった清水沢駅。1本の線路しかない構内は、かつては5本もの線路が敷かれて多数の列車が行き交ったターミナル駅でした。

石勝線夕張支線清水沢駅駅舎内待合室

そのような経歴を持つ清水沢駅である故、1人もいない大きな待合室の存在にも説明がつきます。かつての清水沢駅は石勝線夕張支線の途中駅ではなく、三菱大夕張鉄道が接続する石炭輸送を担う重要な駅。この大きな待合室は、異なる方向へ向かうための多数の乗客のための待機場所でもありました。

石勝線夕張支線清水沢駅全景

しかし石炭産業が斜陽になると同時に、清水沢駅もその運命を共にすることになります。三菱大夕張鉄道の廃止、石炭輸送の廃止、列車交換の廃止、そして無人化・・・開業してから120年、石炭輸送で重要な役割を担ったターミナル駅は、その役割を失った平成の30年余りで広い空間だけを残した無人駅となってしまったのです。

石勝線夕張支線清水沢駅駅舎

それでもかつての歴史を伝えるかのように大きな駅舎は残され、夕張支線の途中駅としての営業は続けてきました。しかし残された夕張支線も2019年で廃止されることが決まり、この清水沢駅自体も消えてしまうことになりました。夕張線亡き清水沢の町は、今後どうなっていくのでしょうか・・・。

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