【三江線粕淵駅・浜原駅】車庫を持たない100kmのローカル路線で車庫の役割を担う無人駅

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三江線浜原駅待合室と50kmポスト
行き違いができる無人駅に、そこには50㎞という指標が建てられています。ここは約100㎞のローカル線の中間地点、10時間越しに県境を越える列車を待ち続ける。

三江線浜原駅ホーム全景
100kmを超える長大ローカル線である三江線。しかし三江線は独自の鉄道部はおろか、車庫を持つ駅がありません。ここ浜原駅は三江線の運行を支える2つの列車が夜間停泊を含めて、車庫以上に重要な役割を果たす駅でもあります。

浜原駅と三江線の旗

さぁ 三江線に 乗ろう。

沿線にはこんなスローガンが掲げられた旗があり、この記事は三江線の存続にまだ期待があった時期に撮影したものです。しかしこの1か月後の2016年9月、三江線は2018年4月の廃止が決まってしまいます。

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粕淵、美しき郷の街の中

美里町と三江線粕淵駅
島根県邑智郡美郷町、島根県の内陸にあり2004年に邑智町と大和村が合併してできた新しい町です。この街には、三江線において運行上大変重要な役割を担う駅があります。ちなみに写真には、三江線の駅が隠れています・・・。


googlemapで見てみます。美郷町は街の中心に町役場がありますが、その街並みの南側に三江線の1駅があります。この駅がまさに美郷町の中心駅であることがわかります。

三江線粕淵駅駅舎
そしてその美郷町の中心駅である三江線粕淵駅です。駅舎は美郷町の商工会議所に改築されており、むしろ駅の方が脇役になっています。そのため三江線が廃止された後も、駅舎が残る可能性が一番高い駅かもしれません。

三江線粕淵駅駅舎内
駅舎の中は、このような木造感あふれる感じでした。美郷町の案内や商工会議所関連のポスターのほか、三江線の写真コーナーもありました。無人駅でしたが商工会議所の係の人が切符を売る窓口もあり、乗客が全くいない事も珍しくない三江線の駅の中では珍しく(?)乗客が多い駅でした。

三江線粕淵駅ホーム江津方面
駅舎を出て右に曲がり少し歩くと、粕淵駅のホームとなります。美郷町の中心駅ではありますが、御覧の通り単線で1つの列車しか止まることができない途中駅です。しかし線路がない側にも、かつて線路があり列車が発着していたと思われる空間があります。

三江線粕淵駅ホーム三次方面
ホームの上の待合室に、美郷町のマスコットキャラの看板「みさ坊」がありました。この看板を見て降りよう!という気持になるかどうかは皆様次第・・・。ちなみに美郷町は三江線の利用促進補助制度があり、三江線区間内の回数券を購入した乗客に10%の補助金がありました。

三江線粕淵駅旧駅舎
駅舎の中に貼られていた、粕淵駅の旧駅舎写真です。やはりホームの反対側にも線路があり、列車の行き違いができました。ちなみに改築されてしまった粕淵旧駅舎ですが、後でそっくりの建物に出会うことになります。

三江線粕淵駅時刻表
粕淵駅の時刻表です。上下線ともに1日5本で長くて7時間ほど時間が空くような過疎ダイヤでした。特に三次方面は、5本中3本が1つ隣の浜原駅止まりとなっています。つまりこの先はどうなっているのか・・・。

三江線美里町地図
粕淵駅前にある、美郷町の地図です。地図中央に三江線が走っていますが、粕淵駅の先に線路が蛇行した先に浜原駅があります。早速向かいましょう。

本当の拠点、それは陸閘を超えた町はずれ

三江線粕淵駅から浜原駅沿線
粕淵駅から浜原駅へ向かう途中の線路です。2つの駅は同じ美郷町ですが、同じ町内とは思えない森の中を蛇行しながら進んでいきます。

三江線粕淵駅から浜原駅陸閘
また三江線には御覧のような堤防の扉のようなものがあります。これは陸閘(りっこう)といい、江の川が増水した時に沿線世帯の水害を防ぐために設置されています。このように江の川による水害による運休を招く事態が頻発したことも、三江線が廃止されてしまった理由の1つでもあります。

美里町浜原の町
陸閘を越えると、浜原の町に入っていきます。この街並みを進んて行くと、左手に浜原駅が現れるはずです。


肝心の浜原駅はどこにあるのか・・・。こちらが浜原駅の駅周辺です。美郷町の中心はおろか浜原の中心街も完全に通り過ぎており、街の終わりに位置していました。

江津からはるばる50km、100㎞を超えた出会いの本拠地

三江線浜原駅駅舎
こちらが三江線浜原駅です。このような鄙びた駅舎も、ここ最近珍しくなりました。先ほどの写真で見た、昔の粕淵駅の駅舎とかなり似ています。

浜原駅三江線全通記念碑
浜原駅の駅前には、「三江線全通記念」たる記念碑があります。三江線が全通したのは1975年8月31日であり、浜原駅は戦前の開業から40年近くもの間は終着駅でした。

三江線浜原駅駅舎内
駅舎の中はこのような感じです。隣の粕淵駅よりも狭く、冷たい感じが否めません。晩年は終日無人駅で、窓口は全く使われていませんでした。

三江線浜原駅ホーム
ホームへ出てみますと、行き違いができるように2線のホームがあります。基本江津方面は駅舎側で三次方面は跨線橋を渡ったホームに停車しますが、行き違いがない場合は駅舎側のホームに発着します。写真に江津行きの列車が待機しています。この列車は江津へ向かった後、21時に浜原駅に戻り翌日の6時台まで夜間停泊をします。

三江線浜原駅待合室と50kmポスト
三次方面のホームには、駅舎とは別にコンクリートむき出しの待合室がありました。また待合室に寄り添うように、江津からちょうど50㎞地点を示す指標もありました。つまり三江線は108㎞なので、浜原駅はほぼ三江線の中間地点ということになります。

三江線浜原駅駅名標
浜原駅の駅名標です。隣の粕淵駅の方が街の中心部で利用客が多いというなんとも悩ましい(?)立ち位置な浜原駅です。

三江線浜原駅石見神楽演目大蛇
三江線は、各駅に石見神楽の演目名がつけられています。ここ浜原駅は「大蛇」、8つの首を持つ大きな蛇こと八岐大蛇をスサノオが退治する演目です。

石見神楽八岐大蛇一場面
「大蛇」は石見神楽の中でも一番有名な演目であり、勇者スサノオが八岐大蛇の首を切っていく圧巻の演技は一見の価値があります。

石見川本駅石見神楽列車先頭
このようにスサノオの雄姿は、三江線を走る列車にも塗られています。この列車は石見神楽の特別に塗装された列車であり、車内には三江線の各駅につけられている演目の説明があります。

終着駅の呪縛、10時間待ちを強いる関門

三江線浜原駅三次方面
さて先ほどの写真にも写っていた列車ですが、江津から14時45分にここ浜原駅に着いた列車です。一見するとそのまま写真方向である三次方面へ向かうような風景です.

三江線浜原駅江津行き折り返し
しかし列車は三次方面には向かわず、2時間後の17時4分発の江津行きとして折り返します。17時4分に江津から来る三次行きの別の列車を待ってからの発車となります。行先表示を変えたり運賃箱を持ったりと、ワンマン運転の為運転士さんが1人折り返し作業を黙々と行っておりました。

三江線浜原駅時刻表
浜原駅の時刻表を見てみますと・・・1日5本ある江津方面とは異なり、4本しか三次・広島方面へ向かう列車がありません。それどころか7時47分の後は17時4分・・・つまり10時間近く列車がないのです。

訪問後記

浜原駅三江線全通記念碑
浜原駅の駅前にあった「三江線全通記念」、1975年まで江津駅からここ浜原駅は三江北線三次から口羽駅は三江南線と分かれたままでした。1975年8月に県境地帯である浜原駅から口羽駅への区間が開通し、三江線は悲願の全通を果たします。1980年に国鉄再建法によって全通叶わずに分断された路線は現在も全国に数多くありますが、三江線は国鉄再建法の5年前に全通を果たした点で幸運でした。

三江線浜原駅三江線全通当時の写真
その三江線が全通した時の写真が、浜原駅に貼られていました。列車を除き、浜原駅の駅舎は全通当時と変化がありません。1975年に三江線が全通してから、浜原駅はローカル線の終着駅から主要駅となり、陰陽ルートとしての重要な役割を担うはずでした。

三江線美里町地図
しかし利用客の心は既に鉄道から離れてしまっていました。美郷町は50kmを2時間かけて江の川を下る旧三江北線のルートを使わず、30kmで30分足らずで観光地として有名な石見銀山を経由して島根県の沿岸の町太田へ向かうルートができていました。どちらが便利であるのかは、もう明らかでしょう・・・。三江線は広島県へ向かう重要な陰陽ルートとして計画されて半世紀近くの歳月をかけて全通したものの、その役割を果たすことは出来ませんでした。

三江線宇都井駅から石見都賀駅沿線
もし1975年に浜原駅から口羽駅をつなげるだけではなく、太田から石見銀山を経由して美郷町の粕淵や浜原駅を経由する高速な新線ルートを同時に作れば、時間がかかってしまう旧三江北線区間は分離されて浜原駅は重要な陰陽ルートの役割を負った駅として生き残っていたかもしれません。写真のように新線ルートは線路が直線的で85km/hで走行することができるため、20分ほどで到着することも可能でしたでしょう・・・。

三江線浜原駅ホーム
しかしもう遅すぎました。戦前から半世紀もの歳月をかけて1975年8月に悲願の全通を果たした三江線は、結局43年後の2018年4月に全線廃止という結末を迎えてしまったのです。今後三江線亡き後の美郷の町は、今後どうなっていくのかが気がかりです。

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