【関電トンネルトロリーバス300型】黒部ダムを目指して飛騨山脈を貫いたトロリーバス

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トロリーバスはバスなのに鉄道。トロリーバスは線路がないのに電車。それは54年にも及ぶ無事故が誇る安全運航、そしてダムからの電力で輸送することによって自然を守り続けた勇者、その名は関電トンネルトロリーバス300型。


正式名称関電トンネルトロリーバス300形VVVFインバータ車両 関電トンネル無軌条電車、長野県の大町扇沢から富山県の黒部ダムへ飛騨山脈を貫き、そして立山・黒部アルペンルートの自然環境を守るべく、大型バスの形でありながら化石燃料の代わりに黒部ダムから生み出される電力によって動く交通機関でした。


そして関電トンネルトロリーバスは、2019年4月にトロリーバスから電気バスに置き換えられ、法律上鉄道廃止されました。なお12月からは関電トンネルを含めたアルペンルートが冬季閉鎖されるため、実質乗車できるのは2018年11月末が最後でした。

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トロリーバスという鉄道


黒部渓谷にそびえる黒部ダム。戦後の発展による電力不足に悩まされた関西電力が、社運をかけて建設された日本最大級のアーチ式のコンクリートダムです。黒部ダムは安定的な電力供給という本来の目的を果たしているだけではなく、その壮大な景観による観光地化にも成功しています。


長野県信濃大町から富山県立山をつなぐ「立山黒部アルペンルート」、黒部渓谷や飛騨山脈、そして立山連峰を直線的に横断する交通ルートです。排気ガスから自然を守るため、自家用車は一切入ることができません。そのため立山黒部アルペンルートの移動手段は、関西電力および立山黒部貫光が運航する交通機関のみとなります。


そんな立山黒部アルペンルートの中には、「トロリーバス」を使った交通機関があります。トロリーバスは架線から受け取って電気で動くバスのことで、実質線路がない電車となります。そのため法律上無軌条電車とも呼ばれる鉄道の扱いとなるのです。トロリーバスは1960年代まで東京を含めた市街地でも見ることができましたが、現在日本には立山黒部アルペンルートにある関電トンネルトロリーバスと立山トンネルトロリーバスの2つしかありません

黒部の太陽は、大町から登る


大糸線信濃大町駅。立山黒部アルペンルートの出発点でありますが、大糸線自体もこの駅を境に列車の数が変わる重要な駅です。ちなみに大糸線は松本・糸魚川を結ぶ路線ですが、大糸線の大は「信濃町」からとられています。


そんな信濃大町駅から始まる立山黒部アルペンルート1番目の交通機関、扇沢駅行きのバスに乗ります。1日15便ほど運航しており、基本大糸線の信濃大町駅の列車発着に合わせて発車時刻が組まれています。この日は11月上旬とあって、樹木の外側が色づき始めていました。


バスに揺られること40分、自然な風景が続いた後に、突然山間を切り開いたような広場にたどり着きます。そこには駐車場と山の間に挟まったコンクリート上の幅広い建物があります。


バスはそのコンクリートの建物の前で終点となり、乗客はここで降ろされます。こちらが扇沢駅という施設名です。「駅」とは言いますが、バスの終点である山の入口のようなところで降ろされても鉄道の雰囲気も感じられないような場所です。


しかし駅前の看板を見ると「関電トンネルトロリーバス扇沢駅」と書かれています。トロリーバスと書かれている以上、立派な鉄道の駅です・・・。ちなみに左下に「標高1425m」と書かれていますが、これはJR小海線野辺山駅付近にあるJR最高地点1375mよりも高い位置となります。


扇沢駅の2階にある改札口で改札を済ませて3階への階段を上ると、トロリーバスの乗車ホームに入ります。乗車ホームには既にトロリーバスが待機していました。


トロリーバスに乗ると、このような前の風景が見ることができます。見ての通り運転台はハンドル、線路ではなくアスファルト・・・架線があることを除き鉄道とは言い難い風景です。扇沢駅について詳しい情報は、以下のページをご覧ください。

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単線鉄道トロリーバスは黒部を目指して・・・


飛騨山脈を貫く扇沢と黒部ダムを結ぶ関電トンネルトロリーバスは、14分ほどの旅となります。関電トンネルは入口区間を除き、黒部ダムに向かって一直線に走ることになります。なおトンネルの幅はバス1台分しかないため、実質単線の鉄道と同じでした。


トンネルの途中には、関電トンネル唯一行き違いが可能な信号所があります。信号所は黒部ダム駅よりに設けられており、扇沢駅を出発したトロリーバスが先に信号所に到着し、数分後にやってくる黒部ダム駅を出発したトロリーバスの通過を待つ運用がほとんどでした。


黒部ダム駅を出発したトロリーバスがやってきました。ここで最後尾の運転手から「とある物」を渡されます。それを渡されると黒部ダムへ向かって再びトロリーバスは出発します。


そしてここは黒部ダム駅のホーム・・・線路がないのに架線という見慣れぬ風景ではあります。


トロリーバスが到着すると、駅員こと鉄道員が総出でお出迎えします。私のような変態は例外として、乗客は黒部ダムへと通じる通路へと向かいます。


ちなみにそのまま駅の外に出ると、黒部ダムの景色が広がるようになっています。黒部ダム駅は、写真目の前にある飛騨山脈の一角、鳴沢岳の中にすっぽりと入っています。黒部ダム駅について詳しい情報は、以下のページをご覧ください。

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トロリーバスの生態観察その1、隠されたデザインの由来


乗客がいなくなったところで・・・私しかいなくなった黒部ダム駅のホームでトロリーバスを見てみます。がらんとしていたホームも、トロリーバスがやってくるとこんな窮屈な状態になります。出発時間になるとこの並んだトロリーバスすべてが出発します。


こちらはトロリーバス関電トンネルで使われてきたトロリーバスを紹介したコーナーです。トロリーバス開通当初は100型と200型が使われてきましたが、現在使われているのは平成5年に導入された300型という形式です。集電装置が付いているのはもちろん、方向指示器がないのが特徴です。特に300型は行先表示器もなくしており関電トンネルの運航のみに特化したつくりになっています。


でもここまでの写真を見てきてもお分かりのように、ずいぶんド派手なラッピングにされてしまっています。描かれているのは、黒部ダムのマスコットキャラクター「くろにょん」です。2012年の黒部ダム完成50周年と2013年のトロリーバス開業の50周年記念の際にラッピングされたものですが、結局このまま2018年の引退の日までこの姿でした。ちなみに中央の金色マークは、関西電力のロゴです。


側面を見てみると、くろにょんがトロリーバスのサボ「黒部ダム駅⇔扇沢駅」を掲げています。そもそも300型は関電トンネルのみの運航しか想定されていなかったためか、トロリーバスに行先表示器が元々ありません。ちなみにこのサボはどっかで見たことあるような・・・


運転手が渡しているこれ・・・先ほど信号所で対向から来たトロリーバスで渡された物がこれです。「運航表 黒部ダム⇔信号所」と書かれているこの道具、タブレットと呼ばれる鉄道用具です、正面衝突を防ぐために、タブレットを持つ運転手しか指示された区間を入ることができません。くろにゃんのあのサボは、どうやらこのデザインが大本・・・。


そしてくろにょんのラッピングに埋もれがちな元のデザインですが、最も特徴的なのが側面前方にあるこの黒の4本線・・・黒い4本・・・黒4・・・黒四・・・、なんと黒部川第4発電所の黒四が、この黒い4本線デザインの由来なのです。

トロリーバスの生態観察その2、バスに似て異なる特徴あれこれ


まずトロリーバスの車内はこのような感じです。座席だけ見ると普通のバスとは変わりありませんが、天井が妙にすっきりしています。つまり冷房がありません。そもそも関電トンネルの内部は常に10度なので、夏場でもむしろ暖房が必要な環境です。


次にトロリーバスにある前面と背面にある3連ランプ。トラックに少し詳しい人は一昔前に備え付けられていた速度表示灯のようですが・・・そもそも止まっているのに点灯しているので似て非なる装置であることは把握できます。


3連ランプの表示が異なるケースがここでわかります。左のバスは中央の緑色1灯、右のバスは左右橙色2灯が点灯しています。そして右のバスは最後尾・・・観察した限りでは最後尾のバスと区別するための標識のようです。確かに信号所であのタブレットを渡していたのは最後尾のバスからでした。


そして普通のバスと明らかに違うところ・・・、それはこの黒部ダムから生み出される電力を受け取る集電装置ことトロリーポールです。ちなみにバス背面についてある2つのワイヤの先にはレトリーバーという装置がついており、集電装置が架線から離れた時の損傷を防ぐために自動で巻き上げる装置だそうです。


そのトロリーポールを拡大してみると、鉄道のパンタグラフと明らかに違う構造であることが目に見えてわかります。架線がトロリーポールから離れないように、接触部分がくぼんだ形をしています。


最後に気になることが、トロリーバスは鉄輪ではなくてゴムタイヤです。どうやって電気を逃がしているのでしょうか・・・。するとドアの下にワイヤーがついた小さな重りのようなものが落ちていました。なるほど・・・漏電がもし発生した時もこれで電気を設置させて逃がしているわけであります。

トロリーバスの生態観察その3、発車と仕事終わり


さて出発時刻になると、再び駅員が現れます。駅員は出発指示を出しながら1台ずつトロリーバスをトンネルへ送り込みます。


ちなみに出発指示を出す時がこのような感じです。駅員は手を高く上げると、運転手は汽笛を鳴らして扇沢へと出発していきます。


わかりずらい・・・という方へ、こんな動画もお持ちしました。このような風景も、ここ黒部ダム駅だけしか見られません。扇沢駅及び立山トロリーバスは、出発ホームが締め切られてしまうからです。


こうして扇沢駅に戻ってきました。ここは扇沢駅の降車ホームです。このようなカーブした縦列駐車のような風景を見ることができます。


そんな最後まで付き合ってくれたあなたへのご褒美風景・・・トロリーバスの洗車です。電気がなければ走らないトロリーバスですが、電気を入れながら洗車すると関電、ではなく感電しないのか?という疑問が前々からありました。しかし電気がないからと言って全く動かないわけではなく、搭載しているバッテリーによって小さな移動程度なら自走できることがわかります。

訪問後記、鉄道廃止から新しい電気バスとルート開業へ・・・


2019年4月、54年にも及ぶトロリーバスの運行は終わりを告げ、電気バスとして再出発します。鉄道としては廃止となりますが、安全運航のための独自ルールとして鉄道による施設や運営方式はある程度残るかもしれません。


導入される電気バスはこのような形です。10分間充電するだけで、充電時間を超える片道16分1往復が可能な電気バスが導入されます。外装は今までのデザインとほぼ同じで、黒四こと黒い4本線も書かれています。しかし私が注目したのは、トロリーバス300型にはなかった行先表示器が復活していることです。これは扇沢~黒部ダム間の運航以外にも使われる可能性と考えるのは早計でしょうか。


いままで黒部ダムを訪れるためのルートは、「立山黒部アルペンルート・関電トンネル」のルートが唯一でした。ところがこの地図を見てみると、全く別のルートが黒部ダム駅から黒部渓谷方面へ伸びています・・・。これは「黒部ルート」と呼ばれており、富山渓谷鉄道の宇奈月温泉~欅平を始点として第4黒部発電所を経由して黒部ダムに至るルートです。この黒部ルートは関西電力の関係者だけが使用することができるルートであり、一般の人の立ち入りは「黒部ルート見学会」への申し込みによる抽選制となっています。


この黒部ルート見学会は平日のみという形でしたが、2020年度から土日にまで参加者を拡大し、そして2024年から旅行会社を通じた一般向けツアーという形で解放される予定となっています。つまり電気バスの行先表示器が付けられているということは、この黒部ルートにも電気バスが導入されるかも・・・あくまでも推測です。


2018年11月、トロリーバスは最後の運用となりました。しかし2019年になれば新しい電気バスによって普段と変わらない風景で、黒部ダムへ向かう乗客を送り届けてくれることでしょう。写真は扇沢駅を出発するトロリーバス300型です。架線を響かせつつ出発するその姿は、バスの姿でありながら鉄道であることを伝えてくれる風景でした。


ありがとう、関電トンネルトロリーバス、さようなら、300型・・・ここ黒部渓谷に新しい流れが起きようとしています・・・。