【名鉄知多新線内海駅】知多半島レジャー開発の中心駅

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名鉄知多新線内海駅高架
住宅地の中を貫く高架橋、ここから先は、夢見たレジャーへむかうはず・・・

名鉄知多新線内海駅きっぷうりば
名古屋鉄道知多新線は、知多半島の宅地およびレジャー開発のテコ入れとして1970年代に計画・建設された新しい路線です。そしてここ内海駅は知多新線の終着駅であり、名鉄が目指した開発の中核地でした。

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ターミナルからレジャー半島へ

名古屋駅街並み
中部地方のターミナル駅、名古屋駅新幹線も全列車停車し、名鉄・近鉄等の私鉄も拠点とする大変大きい駅です。地元では「名駅」とも呼ばれています。


中でも名鉄こと名古屋鉄道は日本の大手私鉄で3番目に長い路線を有しており、名鉄名古屋駅を中核とした運行を行っています。ちなみに名鉄名古屋駅を始発および終着とする列車は少なくしており、主に各都市を発車した列車を名鉄名古屋駅に集結させて目的地へ向かわせる運行体制となっています。特に2005年に開催された万博や開港した中部国際空港へのアクセスを担ってからは、新名古屋駅から名鉄名古屋駅へと改称するなど大きな再編がありました。

名古屋鉄道知多半島部分
そんな多くの旅行客が乗るようになった常滑線の常滑および空港線の中部国際空港は、知多半島に位置しています。一方で知多半島には河和線の河和および知多新線の内海のルートもあります。名鉄以外に目を向けると、JR武豊線の武豊のルートもあります。

線路は続くよ内海まで

名古屋鉄道常滑線太田川駅ホーム
名鉄で知多半島へ向かう場合、太田川駅までは常滑線で同じ線路を使います。太田川で常滑線こと常滑及び中部国際空港方面と、河和線こと河和および内海方面に分かれることになります。そして中部国際空港開港によって、ここ太田川駅も高架化されて大きく様変わりしました。

名鉄知多新線上野間駅線路
さらに富貴駅で河和線とも別れると、線路は単線となります。しかし元々複線で建設する予定だったらしく、線路隣にもう1本の線路が敷けるような空間が残されている状態です。写真は知多新線に入った始めの駅、上野間駅です。

名鉄知多新線内海駅車止め
そして内海駅にたどり着いたとき、突然目の前に車止めが現れます。知多新線は、ここ内海駅が終点となります。

名鉄知多新線内海駅終端方向
内海駅は2つのホームを持つ高架駅であり、一見すると新しく整備された通勤路線のように見えます。しかし写真のように直線の線路が突然途切れるような光景であり、明らかに不自然な感じが拭えません。

名鉄知多新線内海駅駅名標
こちらは内海駅の駅名標です。隣の駅は野間ですが、実は小野浦という駅が開業するはずでした。しかし利用客が見込めない予想となったため、開業自体がお流れになります。知多新線は複線どころか、駅の開業が中止になるほど人口が希薄な場所を走っているようです。

閑散たるレジャー中核地帯

名鉄知多新線内海駅改札口
ホームを降りてみると、右端に2つの改札口があるだけでした。中央には多客時に対応するためらしき大きなゲートがありますが、ICカードが一般的になった昨今において使われることがあるのでしょうか・・・。

名鉄知多新線内海駅時刻表
出入口にあった時刻表を見てみますと、1時間で普通・急行・特急が20分間隔で出発するというこの上なくわかりやすい運行となっています。ちなみにどの列車に乗っても、知多新線内の全駅に停車します。

名鉄知多新線内海駅運賃表
そして内海駅にあった運賃表です。隣の野間駅に行くだけで260円も取られてしまいます。これはいわゆるレジャープライスというやつでしょうか・・・、実は建設費用の影響によって、知多新線は割高な運賃となっているのです。

名鉄知多新線内海駅駅前広場
内海駅のロータリーです。訪れたのが冬であり明らかにシーズンと真逆ということもありますが、かなり閑散としています。ここまで見てみてもわかりますが、明らかに人数と設備の規模があっていません。

名鉄知多新線内海駅駅前通り
そんな規模に遭わない内海駅の高架下には、商店街があります。しかし日中にもかかわらず、御覧の通りシャッター通りとなってしまっています。

向かうべき途切れし線路

名鉄知多新線内海駅きっぷうりば
ところで駅をロータリー側に出ると、すぐにバス停が1本・・・強い自己主張とも言わんばかりに立っております。南知多町を走るコミュニティーバス、「海っ子バス」のバス停です。

名鉄知多新線内海駅周辺地図
バス路線が書かれた地図を見てみると、内海駅は知多半島先端の町である南知多町唯一の駅です。バス路線は河和と内海を結ぶルートを担っているほか、知多新線の先である師崎方面のルートを走っています。これは明らかに知多新線の延長ルートであることを示唆しています。

名鉄知多新線内海駅高架
列車の前を見ていると、目の前に車止めが現れたのは先述の通りです。そして外から見ても工事が中断したような光景でした。ある意味ここまで無機質ですと、清々しいものがありますが・・・。

名鉄知多新線内海駅高架終端
内海駅入口から知多新線終端方向を見てみます。現在知多新線は、内海駅開業で全通したことになっています。しかし1970年からコツコツ線路を伸ばしてきた経緯やこの高架橋の構造を考えると、内海駅から先の延伸も想定されていたことがわかります。しかしこれから伸びるかどうかは、もう言わずもがなでしょう・・・。

訪問後記

名鉄名古屋駅ミュースカイ
名古屋鉄道は2000年代から万博や中部国際空港の開港を機に、通勤や空港利用者を主軸とした運航体系になりました。写真はその時に登場した初の全車両指定席である特急列車「ミュースカイ」です。鉄道以外においても名鉄名古屋駅を中心とした事業によって、2027年のリニア新幹線を見据えて進んています。

名鉄広見線御嵩駅ホームと列車
しかし、一方で同時に行われたのが採算の見込めない事業及び路線の廃止や縮小でした。1970年代から行われた名鉄のレジャー開発は大きな成功を収めることができず、バブル崩壊によって重荷と化すことになるのです。そこで行われたのが不採算事業を切り離し、鉄道も100kmにも及ぶ路線を廃線にすることでした。写真は広見線の終点御嵩駅です。広見線の末端は廃線は免れたもののワンマン化されて今に至っており、支線だった八百津線は廃線となっています。そして岐阜に至っては、市内を走っていた路面電車がすべて消えました。

名鉄知多新線内海駅駅前通り
そのレジャー開発の重荷は知多新線においても例外ではなく、柱となるべき観光業も停滞、延伸や複線化どころか先行きもままならない状態となっています。さらに「新線」という名で建設費用を返すための加算料金が今なお存在しており、鉄道利用客を遠ざける要因にもなっています。

名鉄知多新線内海駅石碑
内海駅のロータリーには、南知多地区で活躍した実業家内田佐七氏をたたえる石碑がありました。文字に起こしてみます。

碑文
内田佐七翁は、明治十一年、南知多町内海で生まれ、若くして内海町長・知多郡会議長を歴任し、南知多地域の開発、発展のために献身的に尽力し、昭和四十四年、九十二歳で生涯を閉じた。
翁は、「南知多」の宣伝に特に力を入れ、温泉・海水浴場をはじめ観光資源の開発、施設の整備に邁進し、温泉小唄・内海音頭など観光宣伝に努め、今日の礎を築いた。又、現地た乗合株式会社の前身である合資会社内海自動車を創設し、公共バス事業並びに陸海上運輸にも力を注いだ。更に、知多銀行の頭取も務めるなど、卓越した手腕による行政・観光・交通・運輸・金融・産業発展など住民の福祉増進に寄与した功績は甚だ大きい。
昭和四十一年、南知多町名誉町民第一号に推挙され、昭和四十四年には勲五等瑞宝章を受章、永年に亘り南知多地域の発展に努力した功績を末永く称え、ここに顕彰碑を建立するものである。
平成七年十一月三日
南知多町有志一同

名鉄知多新線内海駅ホーム
実業家が夢見たと思われる鉄道開通は、ついに1980年にかなうことになりました。しかしその後の状況はあんまりともいえるかもしれません。1時間に3本という少なさで余裕のある2つのホーム、複線のための不思議な空間、そして先へ行くような形でありながら突然途絶える線路という不思議な光景は、今後も続くことでしょう。知多新線の今後を決めるのは、今後南知多が発展するかどうかにかかっているのかもしれません。

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