日本ではほぼ絶滅状態の寝台列車の旅、そして鉄道好きなら一度は経験してみたい列車で国境を超える体験。そんな夢をかなえる列車は微笑みの国にあった。国境を越えるための長い旅が、今始まる・・・。
タイ国鉄特急45号・特急46号は、バンコク~パダンブサールを結ぶ寝台車を併結する夜行特急列車です。首都バンコクから1000km近い距離を、17時間かけてマレーシア国境を越えます。タイ国鉄でバンコクを発着する中で、唯一国境を超える特急列車です。
なおこの記事で訪問するタイのマレーシア国境付近こと深南部地帯は、現在外務省から「不要不急の渡航中止」及び「渡航中止勧告」が出ています。旅行は自己責任は然ることながら、これから紹介する記事のように無用な行動は控えるように願います。
旅の始まりはバンコクから
タイ国鉄のバンコク駅、クルンテープ駅・フワランポーン駅とも呼ばれています。タイ国鉄の特別駅であり、2016年に開業100周年を迎えた歴史ある駅でもあります。
バンコク駅のホームです。このホームからタイ全国各地へ向かう列車が発着しています。その行先は、チェンマイ・ウボンラーチャターニー・ノーンカーイ・アランヤプラテート・パダンブサール・スンガイコーロック…タイを知らない方々においては何のこっちゃです。そこで国境近くへ向かう列車を、ざっくり紹介させていただきます。
4つの国に囲まれし王国、広がりし鉄道網
タイ王国はラオス・カンボジア・ミャンマー・マレーシアに国境を接しています。タイ国鉄を含めて東南アジアはメーターゲージこと線路の幅が1mとなっており、この同じ幅の線路で直通運転ができるようになっています。
ミャンマー 旧泰緬鉄道・ナムトック線
タイの鉄道で国境を超える・・・というキーワードで世界的に有名なのは、日本占領期に建設されたミャンマーとタイを結んでいた「泰緬鉄道」です。写真は映画「戦場に架ける橋」の舞台にもなったクウェー川鉄橋です。しかし戦後に国境部分のルートは廃線となり、現在はタイ内陸途中の「ナムトック」で線路は途切れています。但し今後未定ながらも復活計画は持ち上がっています。
ラオス 東北線
ラオス方面の列車は、バンコク発着で国境手前の駅「ノーンカーイ」への列車が多く運行されています。さらに「タイ=ラオス友好橋」を渡って越境するルートも開業し、ラオスで唯一の鉄道が誕生します。写真はその越境専用の列車であり、現在は1区間のみの運行されています。今後ラオスの首都ヴィエンチャンまで正式に開通すれば、バンコク~ヴィエンチャン直通列車も生まれるかもしれません。
カンボジア 東線
タイとカンボジアを結ぶ列車も20世紀当初はありましたが、1970年代から続いた政変や内戦によって鉄道網そのものが破壊されてしまいました。しかし2018年にバンコクから2往復の普通列車だけではありますが、カンボジア国境を1区間のみ超えた「バンクロンルック」で終着地とする運航が始まっています。今後もさらなるカンボジアの鉄道復旧によって、特急などの優等列車を含めた運航増便、その内首都プノンペンへと向かうルートも予定されています。
マレーシア 南線
そして今回紹介するのが、こちらのマレーシア方面へと向かう南へのルートです。マレーシアへは南本線を経由して国境近くにある深南部方面へ向かうルートで、西海岸側のパダンブサール及び東海岸側のスンガイコーロックへ向かいます。その西海岸側のパダンブサール行きは、バンコク発着で唯一国境を超える特急列車となっています。一方東海岸側のスンガイコーロック方面も国境を越える線路がありますが、周辺地域の治安悪化により休止状態となっています。
特急37号スンガイコーロック行き・特急45号パダンブサール行き
ここはバンコク駅のコンコースです。タイの人々は主に仏教信仰者が多いですが、これから向かうマレーシア方面はイスラム教徒の人々の方が多い場所になります。写真を見ても様々な人たちがコンコースの床に座っています。まさに世界の人々の縮図を見ているような風景です。
今回紹介する特急45号パダンブサール行きの列車は、3番線15時10分発となります。特急37号スンガイコーロック行きの列車と併結です。荷物車や食堂車を除いて12両編成、1号車から3号車がパダンブサール行き、4号車から12号車がスンガイコーロック行きです。
車両にはこのような行先表示ならぬサボが掲げられていますが、中でも特徴的なのがこちらの11号車。サボには女性や子供の顔が書かれています。11号車は女性専用車両の2等寝台客車でした。さすが女性を守るという信条から生まれた発想です。
バンコクの駅舎側から歩きつつスンガイコーロック行きの8両分先、そこにようやくパダンブサール行きの乗り場があります。写真のように3等客車の先に、突然2等寝台客車が現れます。
パダンブサール行きのサボです。この列車に限らず、車両に乗るときは行先をサボで確認しましょう。
「はよ乗れや!」・・・私を乗るように促した出発準備をする車掌です。遅延が当然というタイ国鉄ですが、バンコク発車の列車は定時発車がほとんどです。遅延が当たり前だから・・・ではなく、くれぐれも乗り遅れないようにしましょう。
という訳で、17時間にも及ぶ長旅へ出発進行!
17時間にも及ぶ長旅、まずは座席旅から
今回乗車したのがこちらの2等寝台列車です。業務車両の1号車以外パダンブサール行きは、すべてエアコン付きの2等寝台車両です。3等座席車両が半分を占めるスンガイコーロック行きとは異なり、私のようなマレーシアの入国目的の人々しかいないことがわかります。
昼間の2等寝台は、寝台が収納された下段の座席のみ使用することができます。上段の寝台は鍵がかかっており使用できません。そのため下段の座席で上段の乗客と向かい合って座ることになります。
こちらが2等客車と3等客車の車両です。入口からもわかるように、冷房で自動ドアがついている2等客車に対して、3等客車は走行中もロックなしの吹き曝し・・・。ちなみにここがスンガイコーロック行きとパダンプザール行きの境界でしたが、それ以上に空間自体がここを境に変わっていました。
ちなみにこちらが3等車両です。さすがに乗客の写真を撮るわけにはいかなかったので、乗客が乗ってくる前の車内を撮影しました。言葉で説明させていただきますと・・・袈裟をまとった仏教のお坊さまと、ヒジャブをまとったイスラムのお姉さまが向かい合って座っているという光景が見られました。そしてその他大勢がギュウギュウづめ・・・。
夕食はタイの風とともに、in食堂車
さて夕食の時間になったので・・・食堂車に向かいました。タイ国鉄の特急は、必ず食堂車が1両連結されています。ここで北斗星以来の食堂車での食事にありつけました。ちなみに混んでいるからといって、着席目的で勝手に座ると罰金があるので注意しましょう。
売られている弁当は、おかずが異なる4種類が提供されています。私が食べたのがこちらのお弁当、海鮮風炒め物とココナッツ煮込みと野菜スープにご飯、そしてパイナップルとバナナケーキでした。イスラム教徒への配慮の為か、肉系は提供されていないようでした。
なおここも窓を開けっぱなしのふきっさらし、、、タイの空気を強制的に肌で感じる食事をお楽しみいただけます。ちなみに2等客車の人は座席まで訪問販売します。冷房の効いた車内で落ち着いて食事したい方は、大人しく座席で待ちましょう。
座席から寝台を作ろう
さて食事の後は就寝時間、タイ国鉄の体の大きい方々が座席から寝台を作っていきます。動画でその全過程をどうぞ。
時間にして1分50秒、寝台が出来上がりました。日本でも国鉄で583系という座席と寝台が可変できる車両がありましたが、乗客がいない時に座席と寝台を変える方式でした。そのため乗客が乗っているときに座席と寝台を乗務員が変更する光景は、日本ではまず見ない光景でしょう。
どうやら全ての寝台の展開が終わったようです。それではおやすみなさい・・・
東西に分けし分岐駅、深南部の入口にて
さて目が覚めると、タイ最後の県、ソンクラー県に入っていました。目覚めの喝を入れる為、3等車の走行中吹き曝しのデッキにお邪魔して朝の風をあびます・・・。
そして到着した駅、ハートヤイ駅です。タイ深南部地方の主要駅であり、ここから発着する区間列車もある大きい駅です。
ここでスンガイコーロック方面とパダンブザール方面の列車を分割します。詳しい分割過程は説明しますが、かなり荒っぽいです。一見すると乗客を置いて発車するように見えるので、心配性な人はホームで観察せずに車内にとどまっていた方が無難です。
- 列車は駅舎側のホームに到着後、パダンブサール方面の列車のみ駅構外へ一旦退避
- 双方の列車に貨物車両の増結作業を行い、最後にパダンブサール方面の列車を駅舎反対側の島式ホームに戻す
- 貨物にマレーシア行きの荷物を積み込んで発車する
ここでスンガイコーロック行きの列車とはお別れです。スンガイコーロック行きの列車も、20時間というタイ最長の定期列車としても魅力があります。しかし先述したように渡航中止勧告が出されている地域故、しばらくお暇した方が無難です・・・・
1000kmと300m、その間に国境
ハートヤイ駅の別れから1時間後、長い旅にも終点がやってきました。終点パダンブサール駅に到着しました。ちなみに駅はすでにマレーシアに入っており、写真方面すぐ先はタイです。
パダンブサール駅で降車すると、すぐ強制的にタイ出国及びマレーシア入国チェックの列に並ぶことになります。下手にウロチョロできません。
国境審査を無事終えれば、バターワースおよびクアラルンプールことKLセントラル駅へ向かうマレー鉄道の列車に乗り継ぐことができます。なおKLセントラル駅方面の特急列車は満席になることがざらですので、タイ国鉄と同時にマレー鉄道の予約サイトであらかじめ予約をしておきましょう。
こちらは貨物列車が駅に入線している状態を撮影しました。隣の道路と同様に駅の先にフェンスがありますが、こちらがタイとマレーシアの国境となります。タイ側の旅は1000km近くに及びますが、マレーシア側ではわずかこの300mです。このパダンブサール駅について詳しい情報は下のページにてお願いします。
この旅をしたい方に向けて・・・
紹介させていただきましたタイ国鉄のマレーシア越境列車、特急45号パダンブサール行きは、タイ国鉄の予約サイトから予約可能です。2等以上では、乗車日3か月前から予約できます。予約方法は「タイ国鉄」「マレー鉄道」と検索すれば、より詳しいページを書いている方々がおりますのでここでは割愛いたします。
今回2等寝台に乗車しましたが、かかった料金は960バーツ・・・当時の日本円レートに直すと、約3,000円ということになります。日本では唯一の寝台特急東京から出雲市まで12時間の旅で一番安くても15,750円ですので、比べようがないほどの安い価格となります。1日半という時間はかかりますが、クアラルンプールへ向かう飛行機代の節約したい方や列車旅をしたい方にはぜひご参考に・・・。
ただ先述したように、タイのマレーシア国境付近こと深南部地帯はタイ王国からの独立を目指すイスラム過激派のテロ活動が活発な地域となっています。現在外務省から「不要不急の渡航中止」及び「渡航中止勧告」が出ています。特に併結されていた特急37号スンガイコーロック行きの列車はその中心部を走るため、この列車の乗車は現状において極めてお勧めできません。
そしてここに書かれている記事は、今後の情勢によって大きく変化する可能性があります。正しい情報を持って行動しましょう。